自分だけの、自慢できる観光

研究員コラム

丹青研究所では、世界の文化観光について情報収集、調査研究を行っている。2023年はコロナ禍が落ち着き、目に見えて訪日外国人が増え、インバウンド需要の高さを体感した1年であった。人々はどのような観光を求めているのかを把握するのも我々の一つの業務なのだが、昨今の旅行トレンドについての興味深い記事を見つけたので紹介したい。

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『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された、「アドベンチャー・ツーリズム」が人気を集めているというこの記事新しいウィンドウで開きます。モンゴルでのカーレースの人気が高まっていることを紹介しつつ、アドベンチャー・ツーリズムの会社や保険会社が最大の売り上げを記録していることを紹介している。観光客はリゾート地を避け、観光的なインフラが少ない目的地を選ぶ傾向にあるという。これを後押しするのは、コロナ禍での制限があったこと反動のほか、遠く離れた異国の風景をSNSに投稿することが一種のステータスとなっていることだと分析している。

日本への観光がアドベンチャーなのかと考えてみると、都内では、電車に乗れば在来線でも英語のアナウンスがあり、英語が通じる各種窓口も増えて、もはや映画のロスト・イン・トランスレーションで描かれた東京のような、「異国」を強く感じる場ではなくなっているかもしれない。一方で、盛岡市が『ニューヨーク・タイムズ』の「2023年に行くべき52ヶ所新しいウィンドウで開きます」に選ばれたのは、みんなが知っている東京、大阪、京都ではなく、隠れた名所に行きたい、それを自慢したいというトレンドを表すものといえるだろうか。アメリカの大手旅行雑誌である『コンデナスト・トラベラー』のリーダーズ・チョイス・アワード2023新しいウィンドウで開きますでは、日本は世界で最も魅力的な国ランキングの1位に選ばれている。このアワードは、同誌の52万人以上の読者が世界各地で「再訪したい場所」について投票を行ったものである。東京や京都に訪日外国人があふれる現状の次のフェーズは、日本に再訪する外国人が地方を旅するという傾向が見えてくる気がしないだろうか。

外国人旅行者にとって、「愛媛の田舎で、英語の通じないおっちゃんからみかんをもらう」ような体験が日本への旅の中で最も印象に残り、人に話したくなる出来事になるのだという話をアメリカ人から聞いたことがある。アドベンチャーとは言葉が通じるか通じないかだけではないが、日本の地方を訪れ、一歩踏み込んで体験してもらうことは、外国人にとって十分なアドベンチャーとなり、自分だけの自慢できる旅になると想像できる。

2020年に施行した、文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律(文化観光推進法)によると、文化観光とは「有形又は無形の文化的所産その他の文化に関する資源の観覧、文化資源に関する体験活動その他の活動を通じて、文化についての理解を深めることを目的とする観光をいう」とされている。現在のインバウンド需要がどこまで続くか。続かせるための次の手として、日本に再訪する外国人を地方に誘引するという仕掛けとして、地域の文化をキーとした文化観光は重要な要素になりそうである。

国際文化観光研究室 西園記代子